StarDust Tears

『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』

新宿バルト9
以下ネタバレ。

開幕キャッツアイで吹いた。

 エンジェルダスト(PCP)って原作に出てきた薬物で、元は実在する麻薬の名前だったと思うんですけど、もちろん作中の描写はデタラメで、投与されるとハイになって痛みを感じない状態でおまけに怪力を発揮して襲ってくるので頭部を吹っ飛ばして殺すしかないという、ゾンビみたいな敵を産み出すクスリってことになってました。
 そのクスリを扱ってるユニオン・テオーペって組織は原作の最初期にシティーハンターに接触してきて当時のパートナーだった槇村を殺した連中なんですけど、アニメでは「赤いペガサス」(村上もとかかよ)って名前になってて、ユニオン・テオーペのボスは「長老(メイヨール)」と呼ばれ指輪の印章で焼き印を押すみたいな秘密結社的な秘儀っぽいことやってたりしたんですけどアニメではそこらへんはなくて赤いペガサスのボスは別人でその後釜になろうとした奴も獠に殺されて組織は壊滅したことになってました。
 原作ではユニオン・テオーペの長老だった海原神というのが事実上最後の敵として出てきて、冴羽獠は幼少時に乗ってた旅客機が南米あたりに墜落して奇跡的に生き残って海原に拾われ傭兵として育てられたという過去があり、つまり育ての親でもあるわけです。

 今回の映画に海原が登場するというので、アニメの過去作で改変しちゃった部分も含めてどうすんの? と思ってたら、赤いペガサスは「国内最大の犯罪組織」であってその上位組織がユニオン・テオーペでしたということになってた。まあそれはよい。ちなみに旧アニメから年月は経っているとはいえ、TVシリーズのチーフディレクターだったこだま兼嗣が今回も総監督なので、シリーズとして地続きではあるわけです。旧作でエンジェルダストをやらなかったのは時代的にも麻薬の話をTVアニメでやるのは避けた、って特番で言うてた。なので今回、劇場版で最終章として海原とエンジェルダストの話をやろうというのも旧アニメからの延長にある。
 ところが、肝心のエンジェルダストが、「ナノマシンを体内に注入して心身を支配する兵器」みたいになってた。麻薬じゃないじゃん!! しかも最後はゲストヒロインのアンジーがそのエンジェルダストを打たれて、まだかろうじて本人の人格が残ってるうちに楽にしてやれということで獠が撃ち殺してしまう。さすがに頭を撃つんじゃなく、防弾スーツの心臓のところに着弾した一発目にもう一発当てて貫通させるというやつでしたけど、獠が女性を殺すのもちょっとアレだし、原作ではミック・エンジェルとか(獠自身も)エンジェルダストの依存症から復帰した例があるのに、こっちのエンジェルダストは打たれたら殺すしかないというのを決定的に描いてしまっていいのか? と疑問。

 話自体は、海原はまだ顔見せ程度にしか登場してなくて、その部下だった暗殺者チーム三人が敵でありゲストヒロインなんだけど、そういえば原作ではユニオン・テオーペは大きな組織なのに幹部との戦いみたいなジャンプ的な構造は全然なかったなと思った。初手から海原しか相手にしてなかった。そのへんはシティーハンターという作品の特色だったと言えそう。でも海原って戦争やりすぎて死生観がおかしくなっちゃったみたいな人物像だったと思うんだけど、今回「エンジェルダストで確実に暗殺すれば戦争やる必要がなくなる」みたいな理屈が出てきて、前作新宿プライベートアイズの悪役も特殊な戦闘状況を作ることで儲ける武器商人みたいなやつだったけど、変な思想に目覚めた確信犯(本来の意味の)みたいな悪人像はどこから来てるんだろう。旧作にはそんなのなかったと思うが。
 あとキャッツアイはもう完全に仲間になってて、(国際的な組織である)ユニオン・テオーペのことを調査したほうがよさそうねとか言って海外に旅立つシーンがあったりして、次回も出る気満々やないですか。オープニングも建前として絵画を盗み出してるんだけど実はその額縁に仕込まれてたのが改良版エンジェルダストだったみたいな話で何だかよくわからん。あと喫茶キャッツアイに三姉妹が客としているシーンがあってその絵面はちょっと面白かった。そういえば旧アニメでは特に新宿の町をちゃんと描写するようなことはなく、僅かに獠のマンションが区役所通りのあたりにあるように見える絵があったくらいなんですが、前作からの劇場版では実際の新宿の街並みを描くことをやっていて、そうなると喫茶キャッツアイはどこにあるの? ってのが気になってくるよね。閑話休題。
 他にユニコーンガンダムはまだしもルパン三世が出てくるのは意味わからんが、『ルパン三世VSキャッツ・アイ』やってた縁なのかな。強いて言えばシティーハンターの総作画監督を長く務めた北原健雄はルパン三世PART2のキャラデザ・作監でもあったので以下略(たぶん関係ない。

 アンジーが使う銃が獠と同じコルトパイソン.357マグナムなのは同じ海原を育ての親とするいわば兄妹という表現だと思うんですけど、獠も言うてる通り女の子が持つような銃じゃないので、原作では海原がコルトアナコンダを使っててパイソンと蛇つながりだったので、その線で言えばキングコブラもちょっと仰々しいしコブラとかで良かったんじゃね? と思った。
 生前の槇村が冴子と会話するという、原作でもほぼ描かれたことのない貴重なシーンがあるんですが、ここの槇村の声がなぜか田中秀幸に聞こえなくて困惑した。田中秀幸の声は最近も聞いてるけど別に声が変わった印象はなかったけどなあ。私は持ってるモデルガンがコルトパイソンじゃなく槇村のコルトローマンというくらい槇村が好きなんですけど、ちなみに冴子が槇村のこと秀幸って呼んでますが原作では下の名前がなかった槇村が秀幸になったのは田中秀幸が由来と言われており、田中秀幸とは切っても切れない関係。田中秀幸はキン肉マンにおけるテリーマン、ドカベンにおける里中に対する山田など「神谷明の親友キャラ」と言えばこの人。ちなみに北斗の拳ではファルコ。その後もスラムダンク(旧)の木暮、ダイの大冒険(旧)のアバン先生、ワールドトリガーのレプリカなどジャンプの脇役に欠かせない名バイプレーヤーである。何の話だっけ。

 原作のシティーハンターは本当にすごいドラマで、最初期に出てきたユニオン・テオーペの話を最後の最後に回収するのもそうだけど、香は死んだ親友の槇村から獠が最期に頼むと託された妹だから手を出せないし、いつか表の世界に返してやろうと思っているので裏稼業を手伝わせながら手を汚させないようにしている、というどっちつかずな匙加減でずーっと引っ張り続けるのもすごい。香は槇村の実の妹ではなくやはり刑事だった槇村の父親が追跡中に事故死した犯人の娘を引き取った子だということを本人が二十歳になったら打ち明けるはずがその直前に槇村が死んじゃったので香はそれを知らないままで、血の繋がった姉が香を探し当てて訪ねてきた時は獠に「常に危険と隣り合わせの裏の世界の人間なんだから動きにくいチャラチャラした格好するな」とか言われてお洒落もできないという香の境遇にショックを受けて裏の仕事を辞めさせようとする、なんてエピソードもある。獠はある時は香を一人前のパートナーとして認めるような発言をしたり、かと思うと人を殺させないように香の持つ槇村の形見の拳銃の照準をわざと狂わせていた(香が射撃がヘタクソなのは実はこれが原因だった)という話が出てきたり、矛盾する態度を取り続けるんですが、私は単にその時のエピソードを締めるのに都合が良いような描き方してるからいつも言うことが違うんだろうな、と思って読んでた。ところが銃の細工の件を知ってショックを受ける香に対し遂に本音を話す獠のセリフでビックリした。
おれは…ずっと悩んでた…。槇村が死んでからずっと…それが頭から離れたことはない…。おまえを おれのもとにずっと置いておくべきか…。表の世界でふつうに幸せを求めさせるべきか…だ。…出る結論は毎日ちがった…。もう このままでいいと思ったこともある。それを におわすようなことをおまえに言ったこともある…だが すぐ心がぐらついた。おまえのホントの幸せを願うなら表の世界に返すのが一番なのはわかりきったことだからだ…。その堂々巡りの中でいたずらに時間が過ぎてしまった…。そのせいで いつもおまえを苦しめた…。すまないと思ってる
 こう説明した上で、調整し直した銃を改めてパートナーとして受け取ってほしい! と渡すんですが、その前に上のセリフが私には衝撃的だった。先に書いた通り、獠が香をパートナーとして認める発言をしたり、逆にいつか表の世界に帰さなきゃみたいなこと言うたりするのは、その時々の話の流れの都合であり、いわばお約束であってそれ以上の深い意味があろうとは思ってもいなかった。ところがこのシーンの獠は「ずっと悩んでいた、いつも出る結論は違った」と矛盾する考えを抱えて葛藤していたことをキッチリ説明してここまでの流れを丸ごと全部回収する。「悩み続けて、出る結論は毎日違った」、これをマンガの登場人物の心情として言わせて成立させる、このレベルの人物描写が出来るんだ!! と心底驚いたのをよく覚えている。
 そして海原との最終決戦の前に香が髪をバッサリ切って覚悟を示すんだけど、そこで獠は「戻っちまったな…シュガーボーイに…」と言う。このセリフに対しては何の説明もないんだけど、獠が香と初めて会ったのはパートナーだった槇村から家出した妹を探してくれと依頼された話が最初ってことになってたのが、その後で実は高校時代の香が獠に会ってたというエピソードが描かれて、当時の香は髪が短かったので獠はずっと男の子だと思って「シュガーボーイ」って呼んでたわけです。その回はそれっきりだったのに、ここへきてそのシュガーボーイが香だったことに獠は気づいてたんだという回収がくる。しかも回想を入れて説明するみたいな描写が一切ない!

 というわけで、かようにシティーハンター原作終盤の展開は神懸かってるんだけど、アニメはその前フリの部分を全然やってないわけだから活かせないのはつらいよね、と思う。

トラックバック(0)

コメントする