StarDust Tears

『ソウルの春』/『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

早稲田松竹

 二本ともわりと話題になった、最近の映画だし、客多いかなと思って早めに行ったら一人しか並んでなかった。毎度書いてる気がするが匙加減が読めない。

 『ソウルの春』は、もっと政治劇がメインなのかと思ったら粛軍クーデターの一夜の顛末を時間を追ってガッツリ描く構成で、ムチャクチャ面白かった! これが1979年に実際に起きた出来事なんだから韓国すげーな。
 冒頭で「実話をモチーフにしたフィクションです」と断りを入れてるので、脚色はだいぶ入ってるんだろうとは思ってたが、そもそも人名を変えてあるのね。チョン・ドゥグァンて呼ばれてるけど全斗煥の読みって「チョンドファン」じゃなかったっけ? と思ってたら「全斗光」になってたのか。どっちにしろ漢字のほうが把握しやすいので字幕は漢字+韓国語読みのフリガナにしてほしかった。
 朴大統領暗殺事件の捜査本部長になった全斗光が、事件に関係ない人間も逮捕して拷問したりムチャクチャやってるのを危惧した戒厳司令官=参謀総長が首都警備司令官にイ・テシン(李泰臣)を指名、さらに全斗光とその一派を左遷する人事を国防長官に飲ませる、というのが前フリ。
 二人の主人公、全斗光と李泰臣の造形がイイ。全斗光は最初から綱渡り的なクーデターの計画が実行段階でもグダグダで何度ももうダメか、ってなるのだが、異常な諦めの悪さと口八丁手八丁で、周りのシンパが全員逃げ腰になっても強引に説き伏せて飽くまで事を推し進める、バカみたいに前向きな野心家。李泰臣は、良識派の参謀総長が頼みとしただけあって「堅物」と呼ばれ政治とは距離を置き原則に忠実であろうとする軍人、でもやるときはやる男。
 左遷人事が正式に発令される前に参謀総長を拉致すると同時に大統領から逮捕命令の決裁を得て合法的に排除する、というのがクーデターの骨子なのだが、民主派の大統領は「お前の上官を逮捕するんなら国防長官の同意が必要だろ、それが原則」と正論を言うて許可を与えないし、参謀総長拉致の実行グループも公邸内で銃撃戦を演じた挙げ句、連れ出して車に詰め込もうとしたところを居合わせた海兵隊に目撃されこれにも発砲するなど、拉致は成功したもののこの時点で明らかに反乱とされても仕方ない手際の悪さ。このシーン、事態が飲み込めてない海兵隊員の目の前で拉致されかけてる参謀総長が叫んで助けを求めようとするんだけど口を塞がれて車に押し込まれてしまうのがすげえ怖い。
 全斗光は敵となりうるソウル内の部隊を指揮する幹部を危険視して宴会と称して集めておいて遠ざけようとするのだが、李泰臣はいち早く察知して全を逮捕させようとするものの、陸軍本部の参謀次長が「逮捕とは穏やかでない、ことを荒立てるな、ひとまず待機させろ」とか言い出して、一度は身柄を押さえた全を逃がしてしまう。この参謀次長がわかりやすく無能な奴で、反乱という現実を直視できず「説得する」などと言うて交渉でヘタ打って鎮圧部隊を遠ざけてしまった一方で反乱部隊の突入を許すなど、逆シャアの「連中はシャアと和平が成立したと考えているのです」を連想した。アデナウアー・パラヤも参謀次官だったなw あれは次官だから文民だけど。もう一人のダメな奴は国防長官で、こいつは在韓米軍司令部を訪問してたので連絡が取れず蚊帳の外で、「お前こんなとこにいる場合じゃないだろ、帰って仕事しろよ」と米軍にもツッコまれ、陸軍本部内に隠れてたのを反乱部隊に発見されるシーンは吉良上野介か! て感じだし最後は強要されて李を首都防衛司令官から解任する声明を出すのも最悪。
 クーデター側も鎮圧側もソウル市内を制圧できる部隊を近傍から呼び寄せようとするのだが、全斗光は軍部内に「ハナ会」という結社を組織していて指揮系統と関係なく各部隊にシンパがいる。さらに保安司令部で軍の全回線を傍受していて通話が筒抜けになっているという。ハナ会の将校が焚きつけた空挺第2師団がソウルに突入しようとするも、李泰臣は漢江の橋を全て封鎖して阻止、ところが封鎖部隊にもハナ会の工作でサボタージュが起こるなど、この、どの部隊が味方で誰が敵なのかわからん感じ、これぞクーデター! 単身、橋上で部隊と対峙した李泰臣の説得で第2師団は帰投させることに成功したものの、全はあろうことか国境近くで北朝鮮に対する前線を守る第9師団をソウルに向かわせるなど無茶苦茶やる。結局、陸軍本部も含め各所を反乱部隊に制圧されてクーデター成功が決定的になるのだが、それでも李泰臣は手元に残った僅か百名程度、戦車・装甲車数両ずつの戦力で全のいる第30警備団本部に向けて進撃する。このクライマックスがアツい。
 善玉・悪玉、あとは根性なし、って感じで人物配置は単純化されてるけど、首都での内戦状態を避けようとする駆け引きが軍事スリラーとして滅法面白かった。あ、デフコンみたいな「珍島犬1」ていう警報も発令される。
 あと当たり前だけどEDロールが全部ハングルなので一個もわからなくてつらい。

 『シビル・ウォー』は、確か速水健朗Podcastでも「コメディーじゃねえの?(脚本監督イギリス人だし)」とかちょっと言うてたけど、確かにアメリカの政治状況をシリアスに描いた映画では全然ないよね、と思った。「どの種類のアメリカ人だ?(What kind of American are you?)」てセリフとか、星が2個の星条旗とか、キャッチーな部分が話題になってたけど、逆にいうとそこ(とラストシーン)だけで、あとは戦場を取材するジャーナリストのロードムービーという感じで、特にアメリカである意味はあまりなかったような。
 例の「どの種類のアメリカ人~」のシーンは、いかにも保守系白人ぽい民兵(?)が人をアッサリ射殺するのを見せられた上で、今にも撃たれるんじゃないかって空気で「どこ出身?」とか訊かれる、銃の前にはジャーナリズムは徹底的に無力という表現で迫力がある。ジョエルは「前線のシャーロッツビルで大学が再開されるのを取材に行く。前向きで意義のあるニュースだろ?」とかいかにもしゃらくせえリベラルジャーナリストみたいなことを言う。ホラー映画なら真っ先に死ぬよなあこいつ、て感じの奴は出身を訊かれても目の前で友達が射殺された動揺でまともに喋れず「きれいな英語で喋れ」と言われ、「香港? チャイナだな」で撃たれる。ベテラン記者のサミーは「ヤバいのが本能でわかる、近寄るな」と言うて身を潜めてたのが車で突入して一行を救出する。が、その際に撃たれた傷で死亡する。このへんはドラマとしてベタである。
 戦場カメラマン志望というジェシーはここでも殺されそうな目に遭っているのに「でも命の躍動を感じた」とか言い出してガンギマリになってワシントンD.C.の市街戦にかぶり付きで撮影しまくり、むしろ経験が長いリーが戦闘の恐怖でシェルショック状態に陥るという。もともと大統領にインタビューするのが目的だったのに戦争終結してしまった、という流れだったのが、最後にまだホワイトハウスに身を潜めているのを察知した大統領に接触するチャンスが訪れる。ここで撃たれそうになったジェシーをリーが突き飛ばして助けて代わりに撃たれる、というこれまたベタな演出があるのだが、このパターン見る度に思うのは突き飛ばすにしろ抱きついて押し倒すにしろ、相手がいた位置に自分が入って代わりに死ぬ状況にはならなくね? この映画もストップモーションで見せてる分、どう見ても動きが不自然だろ! てのが際立ってたと思う。
 ラストは拘束された大統領にジョエルが「最後に一言」とか言うて、大統領は「私を殺させるな!」とか喚いて「よし、そのコメントで十分だ」とか言われてそのまま射殺されてしまうオチなんだけど、映画史上こんなショボい扱いのアメリカ合衆国大統領があっただろうか(笑。 ただ、設定上は憲法違反の三期目の大統領でFBIを解散させたとかとんでもない暴君らしいんだけど、全然そう見えないので、それならトランプそっくりにするとか、もっと見た目を何とかしてほしかった。内戦起こされて困ってるヘボ大統領にしか見えないよ。そもそも西部二州とかフロリダとかの勢力に本国である東部が負けるのか? よくわからん。

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