朝一のチケット販売開始時刻(上映開始40分前)より前に行ったのにもう販売が始まってて私の指定席最前列ド真ん中・右が取られてた。おそらく暑い中(あと雨とか)外に並ばせるのは気の毒だからみたいな感じで建物内に入れて列形成させ、その流れでなし崩し(誤用)に早めに販売開始しちゃったみたいなことだと思うが、客を甘やかすな! 外に並ばせとけ! と言いたい。いや外に並んでたとしても私が行った時点で前にいた人が席取ってたことは変わりないんですけど。はい。八つ当たりです。そのすぐ隣の最前列真ん中・左に座れたから実質問題はないんですけどね。
『落下の王国』/『ぼくのエリ 200歳の少女』
『落下の王国』はミリ知ら状態で観たけど、面白い! あれだ、完全にウィリアム・ゴールドマンの『プリンセス・ブライド』だな。プリンセスブライドの原作が好きで、映画は原作を読む前に一回観たきりなんだけど。
なんつっても映像美が凄いので、それだけで延々観ていられる。鈴木清順みたいな画づくり(映画ボキャブラリが貧困)。やっぱ画だけで見られるのが映画の強度だな。製作国がインド・イギリス・アメリカとなっていて20ヶ国以上でロケしたとのことでエンディングにもバリとかフィジーとか南米とかいろんな撮影班がクレジットされてた。ド頭にデビッド・フィンチャーとスパイク・ジョーンズの名前が出るのでフィンチャー案件だったのか! と思ったがあまり関係なかった模様。
おとぎ話パートの登場人物が現実パートの人物に対応してるんだなという趣向はわかるのだが、正直メイクとか変わると誰が誰だかわからん人も多かった。現実のほうではあまり印象に残らない人物も多いし。
後半はちゃんと両パートがシンクロして綺麗に終わっていて逆に拍子抜けした。プリンセス・ブライドは(原作は)酷いアンチクライマックスだったからな……。ていうか言うほどプリンセス・ブライドじゃないね!?
『ぼくのエリ』は(以下ネタバレ)、もっとリリカルな青春映画かと思ったらちゃんと吸血鬼ホラーしてた。招かれないと(家主の許可を得ないと)家に入れないとか、鏡に写らないとか、日光にあたると燃え上がるとか。
押井守がこの本で、「主人公がエリの陰部を見て正体に気づくシーンがあるが、日本公開版は修正が入ってるのでわからないのが大問題」と言うてたのだが、要するにエリは女の子だと思ってたら男だったというオチなのだが、実際に観ると「私が女の子じゃなくても好き?」とか「女の子じゃないからつきあえない」とか、ご丁寧に2回もセリフで示唆しているのでその意味でそこまで衝撃のシーンてわけでもない気がした。まあそういった予備知識があったからそう思ったのかもしれないけど。むしろその陰部の消しがスクラッチで最小限だけ隠す画なので、男だとしてチン○を隠してるにしては小さすぎないか? と気になった。実際の画は「去勢された手術跡」らしいのでそれは少し気になる。でもそんなもんパッと1秒弱くらい見せられてわかるもんなのか?
最初にエリと暮らしてたオッサンも若い頃から一緒で自分だけ歳とったなれの果てがあれなのかな、とかも気になったが映画では不明。吸血鬼ものってそっちがメインじゃないかと思うのだが、原作者自ら脚色したのがこの映画らしいので見せたいのはそれじゃなかったのか。原作小説を読んでみたくなったがハヤカワ文庫で上下巻、しかも電子版がない。『MORSE -モールス-』ってタイトルもどうかと思う。モールス信号はちゃんと使ってたけど! ていうか邦題の『~200歳の少女』もウソじゃねえかっていう。あと監督のトーマス・アルフレッドソンって『裏切りのサーカス』の人だった。それも意外! この叙情性とスパイ映画と真逆じゃん、と思ったが押井守に言わせると「北欧独特の宗教的な抑圧」が共通しているとか。これはブルーレイ持ってるからもう一度観てみるか。
いや押井守に毒されすぎだろと自分でも思うが、「映画を語る押井守」は本当に面白いから仕方ない。
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